人手不足を逆手に取る地域づくり
人手不足は、地域の生産力と所得を減少させるため、自治体と地域経済界が直視すべき、重大な課題です。自治体は、不要不急の官需を抑制し、民需から人手を奪うことを最小限にしなければなりません。公的な人材育成の仕組みを早急に整え、転職のハードルを下げる必要もあります。経済界は、経営者の能力向上と意識改善に真正面から取り組む必要があります。構造的な差別の解消は、自治体と経済界の最優先すべき課題です。
一方で、人手不足と上手に付き合うことで、より良い地域をつくることができます。官需を抑制しても地域経済に影響が少ないならば、自治体は財政構造を抜本的に見直す機会となります。人材のミスマッチ解消は、産業人材の質的向上と完全雇用を同時に実現できる効果の高い政策となります。労働生産性を向上しても、失業は発生しませんし、そのプロセスでイノベーションが起きることも期待できます。構造的な差別の解消は、あらゆる住民にとって暮らしやすく、自己実現できる地域になることを意味します。
とりわけ重要になるのは、多様な人々が交流し、意見交換する環境です。これまで、地域や企業で意思決定を主導してきたのは、中高年の男性です。それも、同じ組織のなかで、年月と経歴を積み重ねてきた健常者で、育児や介護に携わっていない男性です。多様性のある地域とは、彼らに加え、若い人、女性、障がい者、外国人など、多様な視点や考え方、背景を持つ人々が、地域や企業の意思決定の場に参画することです。
多様な人々の交流が重要になるのは、それがイノベーションを引き起こすカギで、イノベーションが経済の基盤になると考えられているからです。地域経済におけるイノベーションの重要性は、都市研究家のジェイン・ジェイコブズが著書『発展する地域衰退する地域』で指摘しているところです。ジェイコブズは、イノベーションと輸入置換(域外から購入している財を自力で供給するようになること)が、都市経済にとって「二つの主要な経済過程」で、ともに「都市経済の関数」であると述べています。
アメリカでは、地域の多様性が経済成長と結びついているとの研究もあります。図表の本において、都市経済学者のリチャード・フロリダは、都市経済の発展に「3つのT」が必要と仮説を立て、全米の都市を指数化して、それを立証しました。「3つのT」とは、技術(Technology)、才能(Talent)、寛容性(Tolerance)のことです。特に、フロリダは寛容性、すなわち多様な人々の交流について、重要性を喚起しています。寛容性のある都市が、イノベーションを起こしやすい人々(知識層の人々)にとって暮らしやすい都市であり、その人的・知的資本の集積によって、イノベーションが起きると考えたのです。
つまり、人手不足を奇貨として、より多様性のある地域になれば、人口減少と経済縮小のリンクを切り離せると期待できます。より良い暮らしと経済発展を望むか、これまでの価値観と意思決定の継続を望むか、人口減少は地域に選択を迫っています。
【図表】リチャード・フロリダ『新クリエイティブ資本論』ダイヤモンド社、2014年